抱きしめた胸の中で静かに泣いて、言葉なく泣いて、泣くだけ泣いて、泣き疲れて、最後は笑った彼女。
涙の色は今でも変わらなくて―――。流れた涙は自分のせいだけど
泣き笑いのその顔を、綺麗だと思ってしまった。
冬の凍てつく坂道を、少し後ろを歩く彼女の冷たく凍えた手をとって無言で歩いた。
彼女は一度もその繋いだ手を離さなかった。
それがな泣きたいくらい嬉しかったんだ。
そんな二人を、月明かりが優しく身体をすりぬけるように照らしていて、
その夜空に浮かぶ月を見上げて、気の効く言葉が見つからない自分からは、真っ白な愛の言葉を囁くような吐息が何度も零れた。
別れ際に向き合った彼女に、お別れの「じゃあな」と「おやすみ」の言葉が出てこなくて―――。クシャリ。
彼女の変わらない癖を真似てみたら、大きな瞳が動いて、
「生意気」と返され二人らしいやっとの笑みが零れ、安堵が胸に込み上げた。
アパートに着くと、崩れるようにコタツで横になり目を閉じた。
剥きかけのみかんが、机の上にそのままの形で転がったいた。
彼女の流した涙が、優しく切なく、そして重く………
閉じた瞳の中、俺に必死で語りかけていた。
純愛U・涙の意味
「…さっぶ。」
背中の痛さと、身体に沁みる寒さで目が覚め真っ先に思った事。それは――――
今、何時だ…。
傍にあったダウンジャケットから手探りで取り出し出てきたのは砂時計。
無論、砂時計で時刻が分かるハズもなく、もう一度探り取り出した携帯電話で時刻を確認。
「げっ、4時16分?」
朝の新聞がドア受けのポストに投げ入れられたところまでは起きていたような気がする。
色々感がえては、中々眠りにつく事が出来なかったのだ。
彼女の綺麗な涙と、あの微笑が頭から離れなくて―――――――。
「お目覚めですかー?」
台所で何やら片付けながら、嫌味な声をコチラに投げ掛ける人物。
「ダラダラする癖はホント変わらないんだから・・・ブツブツ」
「いつ帰ったんだよ?」
「さっき。今日のお昼過ぎ帰るって言わなかった?行く前に。」
「……聞いたような気もする。」
俺の気の抜けた返事に一つ溜息をする母親だったけれど、
何かを思い出したようにニコニコと紙袋片手に歩み寄って来ては同じコタツの中に入ってくる。
コタツ机に勢い良くズラリと並べられたのは、どこぞとばかりの地名が書かれたお土産の山。
コレは何所何所で買ったなど…経緯を話し始める母親に苦笑いしたが、
旅行に行かせてやって良かったと心で正直に喜び、その母親の見せる顔が普通に嬉しかった。
「あんたは?母ちゃんが留守の間ナニしてたの?」
「…え?俺?俺は…昨日はヤンクミと飯、行ったけど。」
「山口先生と?」
「わ…わ、悪ィのかよ?」
キョトンと視線を真っ向から合わせてくる母親に何だか見透かされているようで、思わず言葉に詰まってしまう。
幾つになっても子供は親に弱いものである事を、こんな時に感じるから理不尽である。
「あんたもしかして…。」
「な、何だよ?」
「もう、やだぁ!また迷惑かけたんじゃないでしょうねー!? じゃあコレ!」
オイ、問題はソコかよ。
しかも、またって。
第一、迷惑かけてんのは向こうだったりする場合も時としてはあるのだ。
と説明しても3D生徒の―――いや、正しく言えば彼女の受け持った卒業生の親なら聞く耳も持たないであろう。
「何だよコレ?」
「お土産よー♪今度、山口先生に会ったら渡しておいてね。」
「いいけど…中身何だよ?」
「うふふ、内緒。開けてからのお楽しみー♪」
秘密主義にするのは、彼女だけではないようだ。
女という生き物はどうして意味も無い事を秘密にしたがるのか?
「やだ、もうこんな時間!お風呂沸かしてあるからサッサと早く入りなさいねっ」
慌ててコートを羽織り出て行く母親の背中を唖然と眺めていた。
旅行から帰って来たその日も、バタバタと忙しい母親に呆れてモノも言えなかったが
正直なところ何処か輝いて見えて、何だか羨ましいとも感じた。
そして、俺は机の上に置かれたお土産を見て母親に深く感謝した。
何故なら下手な言い訳を作るよりも簡単に、彼女と会う約束がこれで結べるのだから。
いつ会っても良いようにとダウンのポケットに、何だかわからないそのお土産を突っ込み
代わりに傍にあった砂時計を机の上に立てて砂の落ち行く姿を見ては、一人優しい笑みが零れた。
風呂から上がると同時に部屋に鳴り響くインターホンの音。
ドアの前で「はい」と低い声で応えると「俺」と返ってくるその声の主は―――。
そう言えば…今日は日曜日だったな。
ガチャリ。
ドアを開けると立っていたのは昔からの古い友人の姿。
頭の金髪はまだまだ変わらないが、サングラスの奥の瞳はあの頃に比べると、とても柔らかい。
「よぅ。・・はよ。」
「オーッス。寝起きかよ、風呂上りじゃんか?」
彼は自分の趣味からも講じてか、車やバイクを扱う整備工場で働いている。
高校中退の若き十代の頃から働き始めた職場は、始めの頃は人当たりも厳しかったが
今となっては彼が居ないと成り立たない程の成長振りで、整備士の資格が取れるその夢も近い未来だろう。
彼は休みの日ともなると、ブラブラとココに遊びに来る事が多い。
ココを拠点に2人して夜の街へと出掛け、飲みになど行くのだ。
「まぁ入れよ。」
「お邪魔しまぁ―――アレ?おばちゃんは?」
「カラオケ教室。」
「マジ?」
「ちなみに明日の月曜は、英会話ってヤツ?」
冷蔵庫から缶ビールを取り出しながら、溜息口調で愚痴る俺にクロは声を高らかに上げて笑い出す。
「まぁいいじゃんか♪それだけ今の生活が充実してるってことなんじゃねぇの。」
「…ちぇ。人事だと思いやがって。第一、英会話なんて習って何処行くんだっつうの。」
ニィ。と悪戯な笑みを向ける彼に缶ビールを投げて渡す。
「サンキュ。」
彼が着ていたダウンをその場で脱いだ時だった。
何かに気付き、導かれるようにして電話台の前でしゃがみ込む。
「おっ?…この写真。」
「ん?あぁ、3Dの頃のヤツな。」
シュポと缶を開けて口を付けたまま、その写真をじっと見つめる彼の傍で
俺はこたつの中、鏡の前で髪を乾かし昔から好きな髪いじりを始めていた。
「お前も持ってんだなぁ。」
「ソレは全員持ってんじゃねぇのかぁ? 失くした失くさないは別にしてだな……て。」
ん?お前も?
髪いじりに夢中になって聞き逃すところだった、彼のその言葉。
「何で?」
「何が?」
「だから…お前もって?」
「何か変か?今の言葉?」
「いや、変じゃねぇけど。…その写真他でも見たのか?」
「…あぁ。その事かぁ。―――ふっ。」
思い出したかのように一人鼻で笑っては目を細める彼は俺が知る限り
こんな風に笑う奴だっただろうか?と考えさせられるくらいその表情は優しい。
「見せられたって言う方が正しいかもなぁ。」
「誰に?」
一呼吸も置く間も無く言った俺の少し強めの口調が、彼の眉を過敏に動かせた。
「うっちー。今の自分の顔一度茄鏡で見たら?」
「はっ」
サングラスを外し意味ありげに小さく笑うと、俺を確かめるようにしてもう一度視線を合わす。
「荒れてた頃のお前を思い出すくらい、今にも殴りかかりそうな顔してんぞ?しかも相手はこの俺。」
「ばっ…んな訳ねぇだろっ!」
「ふーーん」
「な、何だよっ」
ニィとまた彼らしい笑みを向けながら、「別に。」と一言残した彼は飲みかけのビールにまた口を付ける。
そんな彼につられて、俺も傍にあった缶ビールを口に運び喉に一気に流し込んだ。
騒がしいくらいの嫌な胸の鼓動が波打ち俺を襲う。
まさか…な。
そんな風に自分で自分を抑えようとしたが、続ける彼の言葉にそれは無意味な結果を齎す事となる。
「俺、ヤンクミとたまに連絡取ってんだ。前に一度バッタリ会って、それから飯も誘ったり…まぁ色々と。」
彼の話しは漠然とした話しで筋が上手く捕らえにくかったが、一つだけハッキリと理解出来た事があった。
彼がそんな優しい笑みを零せる理由とは、俺と同じ病に掛かったからだという事。
認めなくないけど、彼と長い付き合いだからこそ嫌でも分かる。
そして伝わるその切ない感情。
最後の方は諦めに似た気持と、彼女の今でも変わらない周りを引きつけるあの魅力にまたもや感心させられ
自分でも理解不能な笑みが零れた。
そんな俺の笑みが「余裕」といったような感情を見せたと彼は間違って思っらしく、少し不機嫌な顔付きに変わり始める。
「惚れてる訳?」
「な、何で、んな事聞くんだよ?」
「そりゃあ…俺が惚れてるから?」
「…俺に聞いてどうすんだよ。」
顔をしかめながら言った俺に、人事のように笑いながら、「そりゃそうだ。」と笑う彼だけど、
現実問題、俺は何一つその事に関しては可笑しくもなければ、笑えない。
「俺は…逃げねぇって誓ったから、相手が誰でも何人居ても問題ねぇよ。」
「えぇーー!?マジかよー!」
「えぇーー!じゃねぇよ。」
「昔みたいにはいかねぇかぁ。」
「いかねぇなぁ、絶対。…て。な、何で知ってんだよっ!?」
「何年ダチやってんだよ。確かめに来たのに面白くねぇ。」
「オマエ言ってる事の意味が分かんねぇんだけど。」
「あ〜あ!この前、用事ブチってでも焼肉に顔出すべきだったかなぁ?」
彼の言葉に一瞬固まり、彼女の自信満々なあの公園での笑みが蘇るようにして頭を掠めた。
「やられた」思った事はその4文字が妥当だ。
今回は彼女の秘密に珍しくも驚かされた。
あの焼肉でのメンバーの7人の中の最後の一人が、この男の存在だったなんて。
言葉を失くす俺に、当の目の前の男は背伸びをしながら俺を覗き込む姿はまるで悪戯な子供のよう。
「その顔で笑うな。」
「その顔で睨むな。」
「「 ぷ 」」
2人肩を落としてから同時に吹き出し笑って、暫くその場で俺達は意味もなく笑い転げていた。
アパートで盛り上がりに火が点いた俺達は、冷蔵庫の中のビールを全て飲み干し焼酎にも手を出し始めていた。
・・・と言うのも、召集を掛けようと仲間達に電話を掛けまくったものの誰も応答する奴が居なかったのだ。
「皆冷たいねぇ。」
「酒が不味くなるゼ。」
愚痴りながらも空いた缶の数を見れば………俺達も単純である。
酔いが回り始め煙草の本数も増えてきたそんな頃だった―――――――携帯の着信音が鳴ったのは。
同時にクロと顔を見合わせニィと悪戯な笑みをしてから、携帯画面を手の平で隠してお互い軽い声で言い合う。
「南に1000円」
「それ以外に1000円」
「せこっ!賭けになんねぇよ。」
「いいから早く出ろ♪」
不満な顔付きで彼を睨んでから携帯に出てみる。
「はいはーい。」
『あ・・あたしだけど』
その声に一瞬言葉を失くした俺。
目の前に居るクロからは小声で「誰?誰?」と期待に溢れた顔付きで迫られられ思わず苦笑した。
「あ、おぅ。」
『あれから、あたし、ずっと考えてたんだ。』
「…うん。」
『春の桜の香りはお前らの香りがするって言ったじゃん。でも、この冬の夜の香りはさ――――――。』
ガタッ!!
彼女の言葉に勢い良く立ち上がって傍にあったダウンを掴み羽織る。
「な、何だぁ〜!?」
「クロ、悪ぃー!!俺やっぱアイツ誰にも譲れないっ、て言うか行くわっ!」
「はっ!?」
「も〜〜!だからっ!おばぁちゃんになってもアイツが好きなんだよっ!」
財布から取り出し1000円札を机の上にバシンと叩き付け、そのままアパートを後にした。
予想もしなかった事態に驚き、呆れてモノも言えない黒崎は余りの不意打ちに拍子抜けして
その叩き付けられた1000円札を見て笑った。
賭けには勝ったけど…。
「これで不味い酒を買って帰りますか。」
『この冬の香りはさぁ、お前の香りがして涙が止まらない。』
木に囲まれた石段を駆け上って、鳥居を潜って、彼女と並んで手を合わせたあの場所まで一気に走る。
昨日もこの道を全速力で走ったような気がする。
彼女の行動はいつも読めなくて、驚かされて、それでも最後はいつも笑ったような記憶がある。
それは今回も同じ事だと自惚れてもいいのだろうか。
暗い神社の中一緒に鳴らした鐘を一人見上げる彼女の背中を見つけて思わず声を張り上げた。
「お前ホントばっかじゃねぇのかっ!?」
ハァハァ。
乱れた息が苦しくて、言いたい言葉が上手く出てこない。
「…酒臭ぇ。」
「飲んでからの…ハァハァ…急激な運動は身体に良く無ぇの知ってんのかよ…たく…ハァハァ。」
「…ごめん。」
違う。
謝らせたかった訳じゃないんだ。
言いたい事も聞きたい事も山ほどある。
だけど始めに伝えなくてはいけない事は自分の気持。
「こんな馬鹿の奴の事、それでも、もっと惚れて、もっと好きになんのは俺くらいだぞ。」
「…………。」
「これから先がマジ怖ぇよ。」
もう抑えが効かなくて、彼女の腕を引き寄せその場で強く抱きしめて言った言葉は何ともムードの無い
気の利かない、情けない声だったと思う。
それでも昨日よりも今日。
今日よりも明日がもっと好きなんだという俺の気持だけは、彼女に伝わっただろうか。
「だから…もう俺にしとけよ。」
「そうだな。」
抱きしめた彼女を見下ろし、真っ直ぐな瞳でその言葉の意味を問う。
うるさい位の鼓動は、走って来たせいなのか、彼女の言葉のせいなのか。
それすらも、もう分からなくて。
ただ意味が知りたい。その言葉と、昨日も今日も見たその涙の意味を。
彼女の大きな瞳に溜まった涙は今にも溢れそうで、そんな彼女は俺を見上げ、それでも微笑むものだから――――――
その拍子に頬を伝う涙に胸が酷く締め付けられる。
「…お前にしとく。」
「…。」
「オマエがおじぃちゃんになっても上等だよ。」
恋はいつの日も儚いものなのかもしれない。
弱さも、強さの意味も解らないけど…誰よりも傷つきやすい、そんな彼女だから、彼女のためになら強くなれるような気がするんだ。
指で優しく彼女の頬に触れて涙を拭う。
愛しく重なり合う視線は、2人初めてのキスを意味する。
彼女が俺に伝えた精一杯の気持の冬の空の下で交わされたキスは胸に沁みる涙の味がした。
言葉に出来ない大切な想いも、気持も感情も
「涙」で示すような、そんな純粋な彼女だから
愛の言葉を捜すよりも、傍に居て、抱きしめて、キスを交わして―――。
この揺るがない想いなら、時の砂と一緒にこれからも果てしなく送り続けたい。
騒がしかったあの頃。
そんな風にあきらめに似た感情を抱いていた自分。
でもこれからは―――騒がしい未来が待っている。
「これからは俺以外の男と2人で何処へも行くなよ。」
「ヤキモチってやつか?」
「…うっせ。」
「その分オマエがあたしと付き合うならな」
「…ちぇ。当たり前だっつうの。…あっ!」
「ん?」
忘れられていたポケットの中のお土産に気が付いたのは、手を繋ぎ歩くゆるやかな坂道での事。
その中身を見てお互い声を上げて笑った。
何故なら、時を刻む砂を彼女もまた手にしたのだから。
時代が回っても、幾度も季節が回ってもこの想い…この愛だけは変わらななくて、大切に想うよ。
「純愛」
その言葉が、ありのままに、真実のままに愛する事を意味する事実を
俺は、彼女の涙とその愛で教えられたのだから。
END
以前運営していたpurelyから。
青月様にキリリクで書かせて頂いた作品。
リク内容はウッチーとクロの三角関係!(萌)
がしかし、ウッチーの勝利を見せつけたssになってしました;←正直者
長編しか書けない私に、二人のリクで前編・後編でお願いし書かせて頂いたssです。
今も昔もウッチーとクロのコンビ、わたくしかなり好きです、イヒ。